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【青年海外協力隊で活躍】歯科衛生士インタビュー

2022.6.6

世界の医療水準を上げるため、日本の歯科技術やノウハウを、さまざまな国で伝える歯科衛生士もいます。
単に「伝える」だけで終わらせない、現地に根付かせるための支援とはどんなものでしょうか。

ワーキングホリデーを経て青年海外協力隊として派遣された小原晴子さんに話を伺いました。

*こちらは、2020年3月発行「就活BOOKクオキャリア春号」掲載記事を再編集したものです。掲載情報は当時のものとなります。

プロフィール

小原 晴子さん(Obara Haruko)
青年海外協力隊2015年度3次隊(パラオ共和国派遣)

岩手県立衛生学院(現:岩手医科大学医療専門学校・2001年卒)
卒業後は、歯科衛生士として働く一方、ワーキングホリデーでニュージーランドとオーストラリアに各1年滞在し、英語力の自信をつけた。その後2016~ 18年に青年海外協力隊としてJICA(国際協力機構)からパラオ共和国へ派遣。現在は岩手県内の診療所に勤務しながら、講演を通じて海外支援の経験を伝える活動も行っている。趣味はトレーニングやブラジリアン柔術、パラオの手工芸「イタボリ(板彫り)」など。

まずは、自分の存在を
受け入れてもらうことから

“Teach”ではなく“Share”

幼い頃から海外に関心があった小原さん。一歩を踏み出す転機となったのは、東日本大震災だった。

「医療ボランティアに参加して、被災地で歯科衛生士が必要とされていることを知りました。同時に、もっと腰を据えて困っている人の役に立ちたいという気持ちが湧いてきて。せっかくなら海外で挑戦してみようと、青年海外協力隊に応募しました」

小原さんが派遣されたのは、オセアニアの島国・パラオ共和国。パラオの歯科医療はおよそ日本の20~30年前のような状況だという。虫歯=抜歯というケースも多く、予防歯科も浸透していない。その中で小原さんの主な任務は、国立病院を拠点に、現地の歯科衛生士の指導を行うことだった。

「アプローチの仕方には試行錯誤しました。現地の歯科衛生士はベテランばかり。外から来た年下の私が急に『指導』をすることには、反感が大きかったんです。そのため、ワークショップや講義では、“Teach”ではなく、勉強してきたことを“Share”するよ、という表現を使うようにしたり、仕事以外の時間も積極的にコミュニケーションをとったりして、良い関係を築けるよう心がけました」

勤務先のベラウ国立病院スタッフと、病院前にできたサマーハウスでパチリ。

 

大切なのは 変化を引き出すこと

パラオで過ごした2年3ヶ月間で、気づいたことがある。

「支援に行く前は、自分が何かをしてあげたいという思いが強くありました。でも、『してあげる』のではなく、現場の『やる気を引き出す』方が、その地域に対する継続的な支援になるんですよね」

ワークショップを続けるうち、パラオの歯科衛生士が、だんだんと熱心に保健指導をするように。その姿が本当にうれしかったという。
そんな小原さんが、若手歯科衛生士に伝えたいのは、チャレンジ精神を持つこと。

「『やらなかった』という後悔は、時間がたつとどんどん大きくなります。でも、『やって失敗した』という後悔は、どんどん小さくなるんです。だから、あまり恐れすぎないで大丈夫。歯科衛生士という資格の強みを活かして、ぜひいろいろなことに挑戦してくださいね!」

現地歯科衛生士向けの知識・技術指導。3グループに分けて週に2、3回ずつ2~3ヶ月ワークショップを行った。

教えて! 小原さん

パラオってどんな国?

500以上の群島からなる国で、日本による統治時代に大きく発展したことから、世界一と言われるほどの親日国。パラオ語にも「ダイジョウブ」などの日本語が取り込まれています。パラオ人は、家族を大事にし、丁寧な人ばかり。雰囲気もどこか沖縄に似ていてなじみやすかったですね。

派遣中お世話になったホストファミリーと、たこ焼きパーティー!

現地の歯科衛生士の指導のほかには、
どんな支援活動をした?

患者さんへの説明用ツールや啓発用ビデオの作成、診療補助やメンテナンス、診療室の環境改善などに取り組みました。加えて、日本の自衛隊が参加する国際的な医療ミッションにも、通訳や現地とのコーディネーターのような役割で関わることもありました。

海外支援を通して歯科衛生士として変わったことは?

パラオでさまざまな価値観の人と出会ったことで、「相手を尊重する」ということを以前より意識するようになりました。例えば患者さんへの指導の際にも、自分が良いと思うことを押し付けるのではなく、患者さんの考えをよく聞いて提案をするようにしています。

離島への出張診療

 

 

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