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いっちょ親知らずでも抜いてみっか 連載コラム

いっちょ親知らずでも抜いてみっか

そうさ、いまこそ歯ドベンチャー #4

前へと突き出た二本の八重歯を持つ、文筆家のワクサカソウヘイさん。年齢を重ねるにつれ、チャームポイントだと思っていた八重歯を愛せなくなっていました。

このコラムは、そんなワクサカさんがまた自分の歯を愛せるようになるために旅をする、冒険の記録です。

目の前に立ちふさがる仇敵

誰もが羨む、綺麗な歯を手に入れたい。そんな願いを叶えるため、歯科医院を巡る冒険を続けている。歯ドベンチャーである。

ホワイトニング施術、そしてデンタルエステやブラッシング指導を受けることによって、私の歯は順調に白い輝きを取り戻しつつあった。

しかし、その矢先。目の前に仁王立ちで立ちふさがる仇敵が現われた。

「親知らず」である。

ああ、忘れていた。そうだ、私の歯列の中には、いつか対峙しなければならない、この厄介な存在があったのだ。

親知らず。それはだいたい十五歳頃に口腔内の奥でひっそりと発育する歯で、その具現は親ですらも気づけないというところからその名が付けられた、奇々怪々な永久歯である。多くの場合、歯茎の中に埋まり続けており、歯としての役割を果たすことは一切なかったりする、特異な存在でもある。

この親知らず、性格としてはかなりやさぐれている。

他の歯たちは、毎夜、美味しいディナーを咀嚼するパーティーを繰り広げている。しかし親知らずだけは、このパーティーに招かれていない。親知らずは、「パーティー知らず」なのである。これでは闇に陥ってしまうのも、無理はない。

「こんな素敵なパーティーに呼んでくれなくて、どうもありがとう」

 ずっと無視され続けた親知らずは、「眠れる森の美女」におけるマレフィセントのように、ある日に怒りを爆発させる。圧迫や炎症によって、口腔内に痛みの呪いを巻き起こすのだ。歯ブラシが届きにくい場所に生えているため、時には虫歯を召喚させたりもする。なんというトラブルメーカーなのであろう。

数年間、「親知らず知らず」でいた

私は数年前、口の上に眠っていた二本の親知らずの怒りを買い、地元のかかりつけ歯科医院に駆け込む羽目となった。ゴリゴリゴリッ、ゴリッ、ゴリゴリッ、という工事現場のごとき重低音が頭蓋骨いっぱいに響く手術を経て、なんとか抜歯は完了。受付で渡された「歯のケース」に、呪いの元凶であった親知らずを見事封じ込めた。

それから私は、親知らずのことをすっかり忘れた。口の下にまだ残党がいるというのに、そのことを放置したまま、日々を織りなしてしまった。「親知らず知らず」である。

時は経ち。歯ドベンチャーを展開する中で、自身の歯列環境に対する強い意識が芽生えるようになり、そこでようやく「そういえば……!」と、下の親知らずのことを思い出した。

まずい、親知らずは、無視されることを最も嫌う。

現状、痛みはない。しかし長きにわたって放っていたのだから、呪いの発動まですでに秒読みの状態にあるかもしれない。

歯ドベンチャーをこれからも続ける以上、この親知らずとの対決は、避けては通れない。意を決し、私は件の歯科医院に相談をすることにした。

「うーん、この親知らずは、まだ抜歯しなくてもいいんじゃないかな」

子どもの頃からずっと世話になっている歯科医院長。彼は私の歯列のレントゲンを眺めながら、そんな予想外の言葉を放った。なぜだ、なぜ親知らずに味方するようなことを言うのか。まさか脱税に関する弱みでも親知らずに握られているのか。

「いや、綺麗なんだよ、残りの親知らず。特に虫歯にもなっていないし」

なるほど。レントゲンを見れば、私の下の歯茎に居残っている親知らずは横に歪に傾いている形ではあるが、欠損などはなく、素人目にも状態は良好そうである。

しかし、親知らずというのはどんな状態であっても、口腔内を清潔に保つためには早めに抜いたほうがいい、と聞いたことがあるのだが。

「そこは諸説あるんだけど、悪影響の及ぶ心配がない限りは、基本的には無理に抜く判断はしない、っていうのが当院の方針なんだよね」

うーむ、そう言われてしまうと、そうですか、じゃあ抜歯は断念しますね、と言うしかなくなるわけだが、しかしマレフィセントと共にこれからも日々を過ごしていかなくてはならないというのも、なんだか座りが悪い。

「いや、どうしても抜きたかったら、手術することもできるんだけどさ。でもこの親知らず、だいぶ歯茎に埋まっているから、そもそも当院での抜歯は難しいかな。紹介状をうちで書いて、大学病院で抜歯してもらうことになるね」

紹介状! 大学病院! そうなのか。親知らずを抜くというのは、ケースによってはそんな大ごとの手術になるのか。

「だから、いまはまだ様子を見るってことでいいと思うよ。それよりも……」

親知らずがアシスト

院長は、レントゲンに写る、他の歯を指さした。

「ここ、虫歯になりかけているね。今日はここを治療しちゃおうか」

なんと、親知らず抜歯の相談に来たら、別の歯の不具合を発見することができてしまった。親知らずが、歯ドベンチャーのアシストをしてくれた形である。

なんだよ、親知らず。お前って、案外にいい性格していたんだな。

「とにかく、これからは半年に一回のペースで親知らずの検診に来るといいよ。そうすれば、ついでに他の歯の状態もチェックできるわけだし」

虫歯の治療が終わり、院長からそんなアドバイスをもらう。そうか、親知らずとしっかり向き合うことは、口腔内全体の衛生管理を果たすことにも繋がっていくのか。

親知らずに抱いていた印象が、変わっていく。無視さえしなければ、親知らずはトラブルメーカーに姿を変えることはないのだ。マレフィセントだって、誰かが時折にでも森の奥に住む様子を気にかけてあげてさえいれば、孤独を煮やすことはなかったはずだ。

無視しない。もう、親知らずを、無視しない。

私は、「親知らず知っている」として、生きていく。親知らずを退治するのではなく、親知らずと共存する方向で、未来を歩んでいく。

歯ドベンチャーは、すべての歯と共に、まだまだ続く。

ワクサカソウヘイ

ワクサカソウヘイ

文筆業。主な著書に『出セイカツ記‐衣食住からの逃避行』(河出書房新社)、『今日もひとり、ディズニーランドで』(幻冬舎文庫)などがある。歯の具合が気になる最近を過ごしている。

文筆業。主な著書に『出セイカツ記‐衣食住からの逃避行』(河出書房新社)、『今日もひとり、ディズニーランドで』(幻冬舎文庫)などがある。歯の具合が気になる最近を過ごしている。

文・ワクサカソウヘイ/イラスト・死後くん

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