傷の位置、タイヤ痕、出血の有無。交通事故のご遺体に隠れた事実とは
勝村聖子の歯科法医学日誌 #4 会員限定皆さんこんにちは。ゴールデンウィークも明け、生活リズムは戻ってきましたか。
コロナ規制が緩和した今回は「高速道路渋滞○キロ」のニュースも多かったですね。ゴールデンウィークやお盆休み、年末年始などの大型連休は、交通量が多くなるのはもちろん、普段運転しない方が運転したり、楽しい旅行に気分が高揚してついスピードを出したり、よそ見をしたり疲れが出たりと交通事故が増えてしまう機会でもありますね。
法医学を学んでいた大学院生時代にも、多くの交通事故の犠牲者の解剖に立ち会ってきました。今日はそんな経験についてお話ししたいと思います。
さてさて。私が学んでいた司法解剖は犯罪の関与が疑われるご遺体が対象です。これまでの連載を読んでくれていた人は、「なぜ、交通『事故』が犯罪?」と不思議に思うかも。
司法解剖の対象は、撃たれた、刺された、殴られた、前回お話しした虐待など、明らかに意図的な犯罪だけではないのです。加害者に「過失致死罪」や「危険運転致死罪」などが疑われる場合も、その犯罪を立証するため司法解剖が実施されます。
全身あざだらけのご遺体は毎回、事故の大きさを物語っていました。私が一番初めに覚えた交通損傷は「バンパー損傷」。四輪車の最前部でもっとも低い位置にあるバンパーは、衝突時に歩行者の下肢に損傷を与えます。乗用車などの一般車両ではちょうどスネ辺り、大型車両では大腿部に相当する皮下出血や挫創、骨折などが、衝突の向きや車高、車両推定の参考となります。
特に衝突前にブレーキを踏むと車両の前方が下がり、本来より低い位置にバンパー損傷が生じます。衝突車両のバンパーと被害者の損傷の高さを比較すると、ブレーキを踏んだか否かの参考になる。これを教えてもらった時、すごく合点がいったのを覚えています。
そして倒れた被害者は地面に全身を打ちつけ、さらに車両に轢かれることで、さまざまな特徴的な損傷が残ります。警察は皮膚や着衣を細かく調べてタイヤ痕を探しますし、解剖時には皮下出血として残るタイヤマークを含めて調べていきます。
タイヤの摩擦で皮膚が引っ張られると皮膚と筋膜が剥離してしまったり(デコルマン)、直接轢かれた場所から離れたところでも牽引された皮膚に亀裂が生じたります(伸展創)。一見外傷がないようにみえても内部で骨折していたり、臓器損傷で体腔内が血の海になっていることも少なくなく、本当に痛々しい傷ばかりでした。
また不幸なことに複数の車両に連続して轢かれてしまうケースもあります。今でも鮮明なのは、全身に複数の複雑骨折があるのに出血していないご遺体。不思議に思って指導医の先生に質問したのを覚えています。
返ってきた教えは「死亡後の損傷では出血しない」。だからどの段階で絶命したのかを考える参考になる。生きているからこそ怪我をすると血が出る。生命ってすごいと思いませんか。最近、歯科医師国家試験で「生活反応」が出題されていますよね。すなわち「生きていた証明」。関連するので要チェックです!
解剖後にひき逃げ車両が発見されたと聞いて、執刀医の先生と警察に車両を見に行ったりもしました。どれくらいの速度でどう衝突したのか、ブレーキを踏んだか、被害者はどんな損傷を受けて死に至ったのか。解剖結果や車両検分、被疑者の供述を照合しながら警察で検証していきます。すごいですよね。交通事故ではバイクや運転者・同乗者が犠牲になる場合もありますが、これはまた次の機会に。
実は私、大学生の時に運転免許を取得しましたが、なぜかセンスがないようで笑。教習所の卒業検定で、教官に「おめでとう、これからは助手席に乗りなね」と言われたほどです。そして今では最も安全な「ざ・ぺーぱーどらいばー」です。
でも自分で運転しなくても、どんなに気をつけていても、時に出会ってしまうのが交通事故。まもなく始まるジメジメの季節、視界が悪い日もあるし、車やバスに乗る機会も増えるかもしれません。運転する時、歩行する時、今日の話を思い出して、いつもよりちょっと慎重な行動につながってくれれば嬉しいです。ではまたお会いしましょう。
鶴見大学 准教授
勝村聖子
歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。
歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。