
オラ、歯周病になんかなりたくねえ
そうさ、いまこそ歯ドベンチャー #3前へと突き出た二本の八重歯を持つ、文筆家のワクサカソウヘイさん。年齢を重ねるにつれ、チャームポイントだと思っていた八重歯を愛せなくなっていました。
このコラムは、そんなワクサカさんがまた自分の歯を愛せるようになるために旅をする、冒険の記録です。
「ティース黄金時代」を長続きさせるために
歯ドベンチャー。つまり、美しい歯を手に入れるための冒険、その最中である。
ホワイトニング、そしてデンタルエステを経たことによって、私の口腔内は栄華を極めていた。
それは「ティース黄金時代」。舞踏ホールのシャンデリアのように前歯は輝き、王妃の首飾りのように奥歯は光を受け、ヴェルサイユ宮殿のワイングラスのように第二小臼歯は透き通っている。ああ、なんと気分のよい毎日なのか。
しかし突然、疑念と不安が走った。この健康的な歯周りを、永久的に持続させることは、果たして可能なのであろうか。
諸行は無常である。豪奢な暮らしの中で美を愛でていたマリー・アントワネットだって、最後は無残にも処刑されている。天下はいつまでも続かない。歯はいつまでも白いままではない。パンがなければお菓子を食べればいいが、お菓子を食べたあとは必ず歯を磨いたほうがいい。
そう、歯磨き。この「ティース黄金時代」を長続きさせたいのであれば、日々の歯磨きに精を出すことが重要不可欠である。
だがしかし、私はちゃんと、歯磨きができているのであろうか。食後のたびにブラシを歯に当ててはいるが、妥当な磨き方を実践できているのかと問われれば、自信はない。
小さな綻びから、盛者はやがて滅亡を迎える。小さな磨き残しから、歯はやがて入れ歯を迎える。
そうだ、プロの歯科衛生士さんからブラッシング指導を受けよう。ついでに現在の口腔内の状況を調べてもらおう。
「ティース黄金時代」をやすやすと絶やしたくはない私は、錦糸町にあるデンタルクリニックへと足を運んだ。
油断禁物な数値たち
「それでは、まず歯周病チェックを行っていきましょう」
そう言って歯科衛生士さんは、私の口の中に小さな針のような器具を差し入れた。歯と歯茎の境目、そのところどころにチクチクとした痛みが現れる。「歯周ポケット」と呼ばれる部分に汚れはないか、出血はないか、そしてポケット空間がどれくらいの深さなのかを調べているのだという。
チクッ、チクチクッ。うーん、けっこう辛い。中世ヨーロッパでは舞踏会に出るためコルセットの締め付けに耐えなければならなかったというが、現代では歯を健康に保つため針の痛みに耐えなければならないのだ。

「これって、虫歯があるから痛むんでしょうか?」
「いえ、これは歯茎の神経が刺激されることでの痛みですね。そして混同されがちなのですが、虫歯と歯周病はまったくの別ものです」
虫歯は、「虫歯菌」が歯を溶かしていく病気。それに対して歯周病とは、「歯周病菌」が歯茎や歯を支える骨を壊してしまう病気。そう、虫歯と歯周病では原因菌がそもそも異なるのだ。
進行中であっても治療が可能な虫歯とは違って、一旦進行すると元に戻すことは不可能なのが歯周病で、歯がグラグラしたらもう手遅れ、将来的には入れ歯を検討するくらいしか対処法はないらしい。なんと不穏な話であろう。
だいたい「歯周病」って、名前からしてどうにも陰鬱である。「シシュウビョウ」、聞くだけでテンションの下がる響きだ。ルネサンスを迎えて華やいでいる我が口腔内に、そのような辛気臭いもの、絶対に招き入れたくない。
ただ悲しいことに、程度を問わなければ、成人のうち五人に四人は歯周病罹患者であるらしい。歯周病が厄介なのは、滅多に自覚症状を伴わないところ。つまり多くの人たちがいまも気づかぬうちに、絶望へとゆっくり行進しているのである。シ・シュウビョウ。レ・ミゼラブル。ああ、無情。
チェックが終わり、目の前のモニターに歯の図が映し出される。そこには細かな数値が、歯ごとに振られている。
「これはそれぞれの歯のポケットの深度を数値化したものです。数字が大きければ大きいほど、深度があるということです」
「つまり、深度数値が高い場合は」
「歯周病に気をつけたほうがよい、ということですね」
おそるおそる見れば、前歯パートには「2」や「3」という浅めの数字が並んでおり、一旦は胸を撫でおろす。しかし奥歯パートへと目をやれば、そこには「4」や「6」といった物騒な数字が散在しており、泡を食う。
「まさか、これって……」
「油断禁物な数値ですね」
聞けば、歯周病の悪化症状として見過ごすことができないラインは歯がグラグラと揺れ動き始める辺りで、そこまでいくと「12」くらいの数値を叩き出すという。それと比べれば私の口腔内の症状はまだ軽度、しかし悪化していく未来に備えてこれから対策を講じた方がよい、という状況なのだという。
「出血率は39%で、これも30%に抑えたいところですね」

なんということだろう。歯よ、我が歯よ。この世の春を謳歌しているように見えて、その裏では悪政の蝕みが潜んでいたなんて。
「これ、食い止めることは可能なんでしょうか」
「なにはともあれ、一番の対策は歯磨きです。普段から正しい歯磨きを心がければ、現状の深度を保つこともできますし、出血量を少なくすることもでき……」
「教えてください、私に正しい歯磨きを教えてください」
食い気味で、歯科衛生士さんに懇願する。なりふりを構っている場合ではないのだ。私は口腔内に、無血革命を起こさなければならないのだ。
フロスを主役に据えて
「歯磨きの際に大事なのは、フロスを使うことです。歯の汚れのうち、30%はフロスでしか除去できないと言われています」
フロス、つまり糸状の歯間清掃用具のことである。
私は毎晩、歯ブラシをしたのちに、フロスを適宜使用している。歯並びが悪いということもあってかなり入念に手入れをしているつもりだったが、どこか誤ったブラッシングをしていたのだろうか。
「歯ブラシで磨いてからフロスを使うのではなく、フロスで歯間を丁寧に掃除してから仕上げで歯ブラシを使用、という順番に変えてみてください。歯ブラシを先にすると、どうしてもそれだけで満足してしまって、仕上げでフロスを使っても油断から磨き残しが出てしまったりするのです」
なるほど、自分ではしっかりと磨いている了見ではあったが、あくまで主役は歯ブラシで、フロスは脇役扱いにしていた。本当はフロスを主役に据えなければならなかったのか。
そして歯ブラシの正しい持ち方や、歯ごとのブラシの差し入れる角度などを教わり、私はデンタルクリニックをあとにした。

それから。
私は歯科衛生士さんに指導してもらった通りのブラッシングを毎日、実践した。
先にフロスで慎重に汚れを落とし、それから正しく握った歯ブラシで表面と裏面とを磨いていく。これまでよりも時間をかけて、磨いていく。
そして一ヶ月が経ち。鏡を見れば、なんだか歯茎が以前よりも引き締まっているような気がする。そういえば、以前に時折見られた歯茎からの出血も、なくなっている。これは無血革命、成功ということなのではないか。
フランス万歳!いや、フロス万歳!
この平和を、できれば一生、維持していきたい。私の歯ドベンチャーは、まだまだ続く。


ワクサカソウヘイ
文筆業。主な著書に『出セイカツ記‐衣食住からの逃避行』(河出書房新社)、『今日もひとり、ディズニーランドで』(幻冬舎文庫)などがある。歯の具合が気になる最近を過ごしている。
文筆業。主な著書に『出セイカツ記‐衣食住からの逃避行』(河出書房新社)、『今日もひとり、ディズニーランドで』(幻冬舎文庫)などがある。歯の具合が気になる最近を過ごしている。
今回協力してくれたのは…

医療法人社団翔翼会 マルイ錦糸町シティデンタルクリニック
東京(錦糸町、五反田)、横浜、埼玉、千葉で5院を展開している医療法人。理事長は卒後5年目に独立し、1年で分院をオープンさせた。新患は毎月300名以上で、患者さんの約半数が自費診療。5院すべて完全個室の診療室で、虫歯、歯周病、審美、インプラント、口腔外科、小児など幅広く対応している。
マルイ錦糸町シティデンタルクリニックHP
東京(錦糸町、五反田)、横浜、埼玉、千葉で5院を展開している医療法人。理事長は卒後5年目に独立し、1年で分院をオープンさせた。新患は毎月300名以上で、患者さんの約半数が自費診療。5院すべて完全個室の診療室で、虫歯、歯周病、審美、インプラント、口腔外科、小児など幅広く対応している。
マルイ錦糸町シティデンタルクリニックHP
文・ワクサカソウヘイ/イラスト・死後くん
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